2015年05月06日

0506:風立ちぬ DVD 感想

05/06 天気/晴れ 気温/少し肌寒い
宮崎駿監督 風立ちぬ
風立ちぬ
遅ればせながらようやくレンタルDVDで鑑賞したので感想を記しておく。

永遠の0のヒットが記憶に新しい為、零戦ネタに絡めて良い悪いと言う批評を幾つも見たが、僕の感じる所、この映画は宮崎駿がこよなく愛する、1930年代後半の近代航空機開発黎明期の物語と、日本人らしい純愛を合わせて描いた映画なので、この題材を含めてその描写が好きか嫌いかで論じるべきだと思う。堀越二郎を扱った話なのに、零戦のシーンが少ない等と評する人もいるが、それは全くのお門違いであろう。
宮崎駿が描きたかったのは、航空機設計が体系化され、構造素材も木造からジュラルミン機体に変わって行くなか、様々な設計の工夫に取りくんだ一人の青年航空技士の一途な努力と、それを彩る愛情物語だったはず。
堀越二郎氏が零戦の開発に成功し、終戦後にはYS-11の開発に関わって行く事は史実であるが、そこにポイントを置いてはいない。
男が生涯を掛けて取り組む仕事と恋愛の関係論こそが物語の主軸である。
零戦は結果の話であり本作においてはほとんど関係無い。

純愛って良いものだ。
人を愛すると言う事は、その人を尊重し大切にする気持であり、愛し合うと言う事は、お互いがこの気持ちを持って接する事だ。
成さねばならない仕事と愛情を秤に架ける事無く、どちらにも精一杯の努力と愛情を注ぐ二郎と、その気持ちをしっかりと受け止めて、
菜穂子も二郎の仕事に理解を示しながら、愛情を持って応えるお互いの理解が美しいと思った。
損得ではなく気持ちが優先するからこそ相愛なのだと感じた。

一つの事を成し遂げる努力は尊い。
幼少から抱いた夢をかなえる努力は、その事だけに没頭し回りの事に目を向けない事も多いので、傍から見れば変人と映るかもしれない。
それを良しとする許容が昔の日本には沢山あったはず。
今の世では、回りとのコミュニケーション力が大事と言われるが、それに振り回され大切な事を見失っているように思う。
一途な努力より、会話力やプレゼンテーション力がその人の能力を計る指標になっている事は間違っていると思う。
堀越二郎氏は努力型の天才であったと思われる。
アインシュタインの言葉に、
・天才とは、努力する凡才のことである。
・私には特別の才能はない。ただ私は、情熱的に好奇心が旺盛なだけだ。
とある。
二郎がある日、昼食の鯖の骨を見て翼断面形状の数値と比較するなど、好奇心を発揮させるシーンがあるが、まさにこの事を示したかったと思われる。
この努力を厭わない姿勢は、そのまま愛情にも向けられる。だからこそ仕事と恋愛が両立し、回りの仲間の理解も得られるのだ。
興味を持って取り組む事はたやすいが、それを努力し続ける事は難しい。

声優としての庵野秀明
セリフの棒読みで異質だ。との批評が多くあったが、宮崎アニメでこの手の起用は幾つもあり驚きに値しない。最初は少し違和感があったがすぐに馴染んだ。
庵野監督は学生時代にDAICON FILMで活躍し、ガイナックス立ち上げに関与し「オネアミスの翼」製作に関わった。(オネアミスの翼は好きなアニメーションの一つ)
監督としては、エバゲリが世界的に有名だが、個人的にはエバゲリの基礎を作ったナディアの方を評価する。
こういった彼の背景を知っている為か、朴訥とした表情を押えた(ほぼ無表情)な演技の裏に、日本人らしい秘めた熱い思いという物を感じられた。

里美菜穂子
絶滅種。日本にはすでに生息していない女子だが、当時には若干生息していたかもしれない。
登場する女性の言葉遣いには気を使ったと思われる。
○○して差し上げる。など、今の若い女性から絶対に聞く事が出来ない言葉遣いが多々あり、美しい日本語を再認識した次第。
宮崎アニメでこんなにキスシーンを描いた作品は無かったので意外だった。

効果音を人の声で演じる
地震のシーンとは相性が良かったが、エンジンの音は違和感がある。
空想シーンに留めておくべきだったと思う。
実際の飛行機のエンジン音は、堀越二郎に敬意を評してリアルを追求すべきだったと思う。

喫煙シーンについて
禁煙団体がごちゃごちゃ言っているようですが、当時はそれが当たり前だった訳で、歴史を変えてはいけないと思う。
映画の中でそれを描くべきかどうかは別の問題。
特に肺炎を患っている菜穂子の寝ている横で煙草を吸うシーンの是非が問われているが、吸う吸わないは問題ではない。
菜穂子の手を握りながら仕事を進める二郎。
仕事を進める上で煙草が吸いたいが菜穂子を気遣う、そして少しでも一緒に居たい菜穂子。
二人の思いやりが生んだシーンだと思う。
煙草は肺炎に悪いので不適切な表現だと論じる方がどうかしている。


総評:まあまあ好きかな。
カプローニさんとの対話というか妄想は省いてでも、二郎と菜穂子のエピソードをもっと描けば良かったと感じた。
随所にこれまでの作品を思わせる表現があり、宮崎駿の最後の作品であるという意気込みを感じた。
しかし、宮崎アニメはもういいかな。
日本アニメーションを世界的コンテンツに引き上げ世に知らしめた功績は非常に大きいが、その役割は終えたと感じている。お疲れ様でした。復活しない事を祈ります。